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『脳は否定形を理解できない』、そんなことある?

『脳は否定形を理解できない』

 という話を先輩から聞きました。

 それは私が待ち合わせの時間に遅刻したときのことです。

「脳は否定形を理解できないから、遅刻してはいけないと思うのではなく10分前に来るというように自分に言い聞かせると遅刻せずにすむよ」と。

 遅刻した自分が悪いのはわかっているのですが、そんな話があるわけないとついあざ笑ってしまいました。

 先輩は言いました。

「いやいや、本当だって。例えば、ペンギンを思い浮かべないで、とオレが言うじゃん」

 ふむ。ペンギンを思い浮かべない、わかりました。

「どうだった? 今、まずペンギンを思い浮かべてしまっただろ? ほら、否定形で言ってもそれを想像してしまってるでしょ? 脳の構造的に否定形じゃなくて肯定形の方が理解しやすいんだよ」

 頷きかけて、でも行間の発想の飛躍がすごすぎて納得できませんでした。

 するなと言われたペンギンを想像した=否定を理解できない、とはならないはずですし、どうやったら脳科学の話に持っていけるのかわかりません。トンチみたいで面白いとは思いましたが、どうしても納得はできませんでした。

 先輩は否定を理解できないことについての論文があるからソース探してみ?と言ったので、探してみたのですが結局ありませんでした。先輩も見つけられていませんでした。

 

 

 いろいろなサイトでこの「脳は否定形を理解できない」というものを脳科学的な事実だとして扱っていましたが、ソースを示しているサイトはゼロでした。

脳は否定形を理解できない

否定語を使うと成功できなくなる脳の仕組み | IBカレッジ

脳は否定形を理解できない | ADPA(アドパ)

 しかも、面白いことにこの説を引っ張ってきて唱えているのはビジネスマンに教育するサイトなどが主です。

 私の調べ方が悪いのかもしれませんがこの説はほぼ嘘なんだろうなと思っています。以下嘘であると私は決め打って話を続けます。(嘘であるという論文もまた見つからなかったので真の真偽はわからない)

 

 こういうエセ心理学やエセ脳科学をテクニックとして売りつけている世界があるんだなあということと、そして、またそんな説を先輩が簡単に信じたことに驚きました。

 私と先輩は医療系の研究室に所属しているのだから、もしこんな目立って面白い話が本当で論文が存在していたのなら知らないはずなくない??

 でしょう?

 知らないはずなくなくなくない?

 知らないはずなくなくなくなくなくなくない?

 …………………………………………

 

 否定形、やっぱ脳の構造的に理解できないかもしれませんね(適当)。

 脳科学って言っとけば素人を騙せるとか思ってるんでしょうか……。

 

2018年11月26日追記

 面白いことに、論文があったと先輩が紹介してくれました。

 皮肉過程理論という理論があってその論文を見てみろというのです。

 Paradoxical Effects of Thought Suppression(1987)という論文です。以下にそのサマリーの拙訳を載せます。

サマリーの訳

『第一の実験では被験者に、五分間シロクマのことを考えないように、しかし、もし考えてしまった場合はベルを鳴らすように指示します。そこでは、被験者は指示されたこととは逆にシロクマのことについて考えてしまい、ベルを鳴らしました。シロクマについて考えるように指示された被験者よりもシロクマについて考えていることもわかりました。これらの観察は、思考抑制が逆説的であることを示唆しています。

 第二の実験では、第一の実験の結果の複製であり、考えないようにする特定の思考は、考えないですむ可能性が低かった。』

 

 大体訳はこんなものかと思います。この論文については以上です。ついでなので、もう少し皮肉過程理論について調べてみましょう。英語は辛いので日本語でもう少し最近に書かれた論文を見つけてみました。群馬大と東大による論文です。

問題解決の抑制による逆説的侵入効果:単調作業遂行場面での検討https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcogpsy/3/2/3_2_193/_pdf/-char/ja

 こちらは日本語なだけあって、読みやすい…。

 どちらも大体やっていることは、「考えないようにすると逆に考えちゃう」っていうことを示す実験でした。

 

 やっぱり、「脳は否定を理解できない」がこのことを意味しているのだとするなら、半端ない語弊があると思うんですがどうでしょう。

 まあ、一番気になっているのは細かいニュアンスのお話ではなく、やらないようにするよりもやろうとしたほうが結果が良くなるのかどうかです。寝坊しないようにするよりも朝〇時に起きると決めたほうが本当にちゃんと起きれるのかどうかです。あるいは、茶碗からお茶をこぼさないようにという代わりに茶碗をしっかり持ってという方がお茶がこぼれないかどうか、です。

 そのことに関しては、これらの論文には書かれていません。皮肉過程理論で言っているのは日本語の論文の方にもかかれているように『ある対象について思考を抑制しようとすると、かえって侵入的思考が増加する』ということです。それ以上のことは言えません。

 

 ということで追記でしたが、皮肉過程理論の初歩的な論文に関して言えば、世の中の自己啓発系のセミナーなどが言っている結論は書かれていませんでした。

 

 もし、他にこの論文に書いてある、というものがありましたら教えてください。